トランスクリエーション
翻訳のロールス・ロイスとも呼ばれるトランスクリエーション(レベル1翻訳)は、「トランスレーション(翻訳)」と「クリエーション(製作)」を合わせた造語として、20世紀後半に生まれました。トランスクリエーションは、読者に与えたいインパクトや、その国の文化背景に応じて“文面をアレンジする翻訳”で、主に、プレスリリース、広告映像といったマーケティング系の文章や、読者の感情的反応(認知度向上、イメージ向上、購買意欲への働きかけなど)を目的とする文章の翻訳に用いられます。
トランスクリエーションは、翻訳、ローカリゼーション、コピーライティング、エディトリアルデザイン、この全ての要素を併せ持つ、大変創造的な翻訳ジャンルです。
コンテンツの制作は、膨大な時間とエネルギーを要するものです。その分、トランスクリエーションを行う翻訳者(トランスクリエーター)は、制作者がコンテンツに込めた思い、言葉の力、エンゲージメントや購買意欲の向上、イメージアップ、ブランド認知などの目的を的確に理解し、また、文章の目的に応じて、原文と変わらないレベルのコンテンツを外国語で再現するという、高い技量が求められます。「言葉の背後にある、コンセプトの翻訳」とも言えるでしょう。
トランスクリエーションのフレームワーク
トランスクリエーションとは、原文全体の意味を壊さずに、言葉の意味、文章のスタイルやトーンを、ターゲットとなる文化に馴染むように文章を書き直し、再構成し、発信するローカライズ翻訳です。文章のニュアンスを、ターゲット言語の文化にマッチさせるために生まれました。
トランスクリエーションの主な応用分野は、マーケティングや広告の分野です。従来通りの翻訳や、直訳、整合性にかけた翻訳では、企業が何年もかけて築き上げた価値を台無しにしてしまいます。残念ながら、翻訳の不適切さにより失敗に終わったマーケティングの例は、数知れずあります。マーケティング翻訳にトランスクリエーションを用いなかった場合の代償は、莫大なものになります。
1960年代、北欧の電子機器メーカー、エレクトロラックス社は、「エレクトロラックスほどの吸引力は他にはない」というキャッチコピーを掲げ、自社の掃除機の国債市場、中でもイギリス市場への進出を、広告代理店コージェント・エリオット社に委託しました。
しかし、このキャッチコピーは、翻訳者が英語圏での言葉のニュアンスを十分に理解していなかったことから、”Nothing sucks like an Electrolux”(エレクトロラックスほど嫌悪感を感じるものはない、エレクトロラックスほど最悪なものはない)と翻訳されてしまいました。
翻訳を行った人物が、英語圏での言葉のニュアンスを十分に理解していなかったことからこのような翻訳が行われてしまったという逸話は、大学の経済学の教科書に載るほど有名な事例となりました。さらに、to suck という動詞は、「吸引する」という意味の他に、性的な意味もあるため、とんでもない翻訳となってしまったのです。この話は、クリエイティブな文章を、異文化圏で発信することの難しさを浮き彫りにしています。
この翻訳ミスを巡ってのこの論争は、現在でもまだ続いています。エレクトロラックス社は、「sucks」の意味は、当時すでによく知られていたものだと主張し、同社のマーケティング・マネージャーは、「二重の意味を十分に認識した上で、話題作りを意図していた」と弁明しています。広告の左の方にあるピサの斜塔は、このブランドの挑発的な意図を正当化する、男根のシンボルではないのか、と揶揄する人さえいます。
多くの論争を巻き起こした一件ではありますが、この翻訳が残念な内容であることは事実でしょう。「sucks」という言葉が、イギリスでは正確に「吸引する」と捉えられる可能性はあったにしても(sucksが嫌悪感を抱く、最悪な、という意味で使われるのは主にアメリカであるため)、大きな翻訳ミスであったことは、間違いありません。
もうひとつのユーモラスな逸話は、アメリカン航空が、新しい革張りのファーストクラスの座席を宣伝するために掲げた「Fly in Leather」というキャッチコピーのスペイン語版です。こともあろうに、”Vuela en Cuero “と直訳されたスペイン語は”裸で飛べ “という意味であり、このキャッチコピー翻訳もまた、大失敗に終わっています。
クリエイティブな翻訳家
機械の性能は、日々大変な勢いで進歩しています。中でも人工知能の発達は、新たな産業革命をもたらしているとも言えますが、翻訳においてはまだ、人間のトランスクリエーターほどの能力を持ち合わせていません。「価値を伝える、生きた言葉」は、少なくともまだ現時点では、機械の力では生み出せないのです。
機械が哲学する能力を持たない限り、キャッチコピーやマーケティング文章の翻訳文は、どうしても本質を欠きます。トランスクリエーターは、考え、自答する哲学者的な翻訳家、とも言えるでしょう。
そのトランスクリエーターは、優れた翻訳者であると同時に、創造性に富み、卓越した筆力を持つ翻訳家のみがなり得ます。通常の翻訳家と同様に、トランスクリエーターも自身の母国語をターゲット言語として翻訳にあたりますが、通常の翻訳者とは異なるのは、トランスクリエーター自身が、出身国(つまりターゲット言語の国)での生活体験から、その文化を肌感覚で理解している点です。
トランスクリエーションの翻訳ステップ
- トランスクリエーション翻訳は、元の言語のクリエイティブなコンセプト、ブリーフ、テキスト、キャッチコピーを把握するところから始まります。
- Atenaoのプロジェクトマネージャーが、トランスクリエーションを必要とするファイル形式と、その要素を分析します。次に、文字量を評価し、クライアントに適時アドバイスを提供しながら、トランスクリエーションの見積もりを作成します。従来の翻訳と同様、トランスクリエーションのコストは、テキストの専門分野、ソースとターゲットの言語や文化、プロジェクトの緊急性など、さまざまな要因によって異なります。トランスクリエイターは、デザイン段階から動員されることもありますが、一般的には、プロジェクトマネージャーによって、作業の後半から動員されます。
- プロジェクトマネジャーは、当該分野の技術的専門性に応じて、トランスクリエーターを選出します。トランスクリエーターは、テキスト全体を精査に分析します。必要に応じて、対象読者を不快にさせる可能性のある色(文字のフォントや、全体の色など)、画像の内容や文言など、避けるべき要素を指摘することもあります。
- 通常、コンピューター支援翻訳ツールを使わずに、トランスクリエーションを開始します。
- 翻訳文の校正と改訂:初稿の完成後、トランスクリエーターは初校正に、修正を加えます。これには、文章の修正、文章の再構成、不適切な用語の置き換え、用語の調整などが含まれます。キャッチコピーなどの短い文章を扱う場合、トランスクリエーターは、広告主がより適切な翻訳文を選択できるよう、それぞれの論拠を示しながら、2つまたは3つの選択肢を提案します。
トランスクリエーションが必要なプロジェクトとは?
トランスクリエーションは、通常の翻訳でも行われるべき要素であるという説もあります。しかし、原文の修正は、本来の翻訳では行われるべき作業ではありません。原文のニュアンスに応じて、原文とは違う表現をすることは、通常の翻訳で行うべきことではないのです。一方トランスクリエーションは、上記を専門とした、全く違ったジャンルの翻訳です。
Atenaoでは、お客様の文章の内容と目的に応じて、4つの翻訳レベルのうち、どれを選択するのが適切であるかをアドバイスいたします:
一般的に、感情的な働きかけを目的とした翻訳は、トランスクリエーションとして扱うのが最適です。具体的な例としては、以下のものがあります。
- 広告関連のプロジェクト。戦略的アドバイス、プレスリリース、プレスキット、リーフレットやパンフレット、ポスター、テレビ・ラジオスポットなど
- 出版関連のプロジェクト。雑誌記事、社説、オピニオン記事など
- 不適切な翻訳がもたらす影響やコストが、翻訳の初期費用よりも高くなるリスクをはらむ、ハイエンドなプロジェクト
- 高品質と正確さが求められる、エディトリアルプロジェクト